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七転八倒して 最後にわらう
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the pillowのオーパーツツアーライブいってきた
40代のおじさんが20代の観客から「さわおー!!」と歓声をうける素敵ステージ アンチエイジングの化身みたいな山中さわおにはいつも刺激をうける感化力がある あんな風に若者を盛り上げるカッコイイ大人になれたらなあ “足跡のない 道を選んで ずいぶん 歩いたなあ” “風の 強い日を選んで 走ってきた” 「表街道を選ばず音楽をやってきた」自意識が強烈に匂ってくるのがピロウズの詩 表街道かどうかは捉え方次第だけど、20年やった後には堂々と言い切りたいもんだ あういぇ
どーんと旅行に行くほどお金もない(貯める気になれない)ので
読書月間と銘打って家に引きこもってます。 しかし睡眠時間が多くなりすぎて読書も捗らないここ数日 22時に寝て16時に起きた時はどうしようかと思った。 で、軽くスタジオ課題を振り返ってみます 『横浜未来都市2059』 現在横浜市が大学と連携して構想中の“海都横浜構想2059” 50年後の横浜インナーハーバーエリアにおける未来構想にのっとり、そこで展開される生活・それを支えるシステム・具体的な都市空間をデザインせよとの課題。 「アーバンリング」でおなじみ、北山スタジオでは4回目となるこのテーマ。 詳しくは→ HP「海都横浜構想2059」について おもしろかった点はやはり「50年後」という時間の扱いがテーマとなっていること。 50年=日本であれば多くの建物が建て変わるタイムスパンの設定によって、「こうなるといい・なっているべきだ」という未来像の提示から入っていくような姿勢、言ってみれば結論から発想していくアプローチが求められるような課題になっていたように思う。 これまで自分がやってきた課題では、とある敷地や建築の現状からスタートして、諸条件に解答を出しながら最終的に像を提示するという姿勢が(実践していたかはともかく)求められていた。教育的に誘導されていたという方が正しいかもしれない。 北山さんの説明では前者がBackcasting/後者はForecastingと名付けられていて、アプローチが再帰的か/演繹的かという違いで自分は捉えていた。 終わってみれば、ふたつは明確に分離できるほどの距離にあるわけではなくて、設計という行為にそれぞれ含まれるふたつの側面だと割り切れるんだけども でもふたつのアプローチを意識したことが、今回悩んでいた一番の要因だったろうと思う 「Backcasting的アプローチ」と意識したとき、今までそれが全くと言っていいほど頭になかった・やったことがなかった事に気付かされ、戸惑ってしまった 避けていたものが、やっぱり避けては通れないものだと感じた 最終形がどうなるか自分でもわかっていない状態でスタディをはじめ、てんやわんやしながら見つけた3Dの面白さから、やっと提案が見え始める そういう風にわからないままやってみる「スタディの恥は掻き捨て」的スタンスに設計の面白さを感じてやってきているものの 前々から即日設計やコンペなんかを考える時の自分の頭がピッタリ停止するような感覚に、このままじゃまずいな、とは思っていた 今回だと「50年後の未来像を提示せよ」に対して妙に構えた結果、慣れない方向に考えようとしてしまったのが反省点 より再帰的というか、提示した仮説からスタートする意識が、自分には不足しているのを強く感じるのでした いつも思う事だけど、自分は設計する時「これがしたい」という欲求をほぼ持ってない ものに対する判断はできるが発想ができない。なるべくせずに済ませようとしている ものを発想すること自体に、まだまだ苦手意識があるんだなぁということを再確認した 最終的にはなんやかんやしているうちに可能性を感じるテーマを見つけられた感じだけど やはりもっとスムーズにそこまで辿り着けるに越したことはない訳で 自分なりの方法論を見直し続けることは、もっとしつこく取り組まなければいけない まだまだ漠然とした感覚でしかないけど、このへんが今回の課題で一番の実感として残ったもの できたものには、自分でいうのもなんですが自分ぽい空間でありつつ、少し構成の硬さがとれているような気がして気に入ってます あとはこの大学で評価の土俵に上がってやり合いたいなら、1/500レベルのスケールで伝える表現がもっと必要だなという感じ そんなところでしょうか 言葉にできない部分がまだかなりある感じだけどそろそろわからなくなってきた。読みづらくて嫌になるけども 3月のygsa展に向けて作り込む作業はやっていくので、春休み中に整理していくことにしよう。 あと、ブログ形式って自分の熱し具合を記録させるのに適してると思うんだけども、今回のように熱が引いてきてからあらためて振り返って書くのは非常に難しいもんですね 考えたことが冷めて忘れてしまうのはとても勿体ない そこんとこ、もうちと言葉として残せるようにトレーニングするのが春休みのテーマです
さあさあ何も書かぬまま・残さぬままで2月になってしまいました。
一月以上前に導入した家のノートには、自分のブログのブックマークさえ入ってない始末。 今はやることを終えて無事に春休みを迎えられたところです。すがすがしい。 yg1期目、後輩のそつせい、聞いた話、読んだ本、なにかを書き残していきたい気分。 という宣言だけして今日は寝るのさ。 まだまだ本を読める予感だけで幸せだ。 |